先日、大学院の同期と会う機会がありました。話は自然と育成年代の話になって。

私がここ最近ずっと危惧していることがあります。小学生年代に「自分はダメだ、他よりも劣っている」という経験が、あまりにも多いのではないか、ということです。

常に大人から評価される小学生年代

小学生の、しかも低学年のときから常に評価され、勝利を求められ、勝利が称賛され、失敗が肯定されない。そんな環境が、強すぎるのです。

良い指導とは手厚くサポートしてあげること、と思われている。外から見ても「良い指導者だ」と映りやすいし、一つ一つのプレーに大人からのフィードバックがある。「今のプレーは正しい、間違っている」と。

一見手厚い指導のように見えるが、その回数があまりにも多いのです。

常に大人の物差しがあり、答え合わせを求められている。そんな環境の中で、子ども自身が自分のプレーを振り返る時間や、自分を評価する余白はあるのだろうか?

ミスや失敗を、どう捉えるのか

試合に勝てればまだいいが、勝負事だからこそ必ず敗者にもなるし、失敗も沢山する。当たり前だ。小学生なのだから、ミスも沢山起きる。

しかし、そのミスを否定し、チャレンジしたこと自体を認めてあげられないのです。

そうなると、子どもは自分自身のことをどう思うだろうか。自分の可能性を信じられるだろうか。努力すれば、自分次第でどこまでもいける、そう夢が広がっていくのだろうか。

子どもの頃の経験が「考え方の土台」になる

子どもの時に自分のチャレンジや、自分が考えていることを認めてもらえないと、「自分は劣っている、頑張ったところで限界がある」と、早い段階で諦めに繋がっていく。

この危険なところは、これがその子の考え方の土台になってしまうことです。高校生や大人になっても、「自分がいくら頑張ろうと可能性はない」という思考が消えず、自分の可能性を信じてチャレンジすることが難しくなってしまう。

この思考の土台ができてしまうことが、一番の問題だと思っています。

「自分ならできるかもしれない」という感覚を

だからこそ、「自分ならできるかもしれない。自分次第でどうにだってなる。努力すれば、何かしらの物を得られる」そんな感覚を小学生の間に掴んでほしい。

コツコツサッカーをしていれば、必ずできないことができるようになる。それを待ってほしい。人間だから、小学生だから尚更ミスもする。どうかそれを頑なに否定しないでほしい。

考えていたこと、挑戦しようとしたことを、認めてあげてほしい。それだけでも素晴らしいことだと。

そういう接し方をすれば、子どもが自分自身をどう捉えるかも、変わってくるはずです。

結果ではなく、過程を認めてあげてほしい

成功した時、上手くいった時だけ褒めるのは、その子の能力に依存してしまいます。必然的に、能力が低い子を褒める回数が減ってしまう。

上手くいった時に認めるのではなく、結果ではなく、過程を認めてあげてほしいのです。

結果を褒めようとすれば、小学生年代に褒めることなど、全年代の中で一番少なくなってしまう。まだプレー経験も少ないのだから。

今の子どもとの関わり方が、その子の5年後10年後、人生を左右していると思って接してほしい。子どもと接している大人には、その子の先の人生を預かっているという責任がある。

これを読んでいる保護者の方も、ぜひ考えていただきたい。子どもの自尊心が削られることなく、サッカーの楽しさを味わえる環境があれば、ぜひそこを大切にしていただきたいと思います。

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